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【片付けめにう】かたづけトップ・ ・極意!捨てる!・・●片付けできない原因!?

   かたづけできない原因!? 
●はじめに●

 でかは、家事全般が得意ではありません。
 実行力がない、気力が続かない、諦める・・・


 でも、いつも、「これではいけない」と思っていました。

 同じような思いをしている方の励みや、自分自身を見つめるために、このページをつくってみました。
●片づけ・掃除が苦手な理由4原則●
このページを書くにあたって、自分が片づけが苦手な「大きな理由」を箇条書きにしてみました。

・子供の頃から「片づけなさい」と言われないと片づけなかった。
・もともと、センスがない。
・すごく勿体ないと思うタチだった。
・ぜんそく・アトピーなどがなく、片づけ・掃除などしなくても平気だった。

こうやってみると、「今」片づけが苦手なのではなく、長年の生活習慣やもともと持っている性格が、今を形成して いるようです。
 
そういう事から、自分の過去を振り返り、片づけ・掃除が苦手な原因を探ってみようと思います。
●子供時代を振り返る●

でかねこは、古い考えを持つ祖父祖母、父母のもと、厳しく育てられました。

 実家では自宅と、別棟の車庫があり、それらは同じ敷地内に2件並んで建っていました。
 車庫の上に2部屋あって、そちらは父母の寝室と私と2歳上の兄の部屋にあてがわれました。

たしか私が小学校に入ったあたりから、別棟のその部屋で、兄と2段ベットで寝ていたと思います。
そして、これもおぼろげな思い出ですが、たしか兄が中学に入った時に、兄は自宅の二階に部屋を貰いました。

 兄が13歳でしょうから、私は10歳ということになります。
 その年になるまで一緒の部屋だったということは、別に当時はなにも疑問に思っていませんでした。
 小学校中学年まで兄と一緒にお風呂に入ってましたし(^^;)
 お風呂を一緒に入らなくなった後は、そういえば着替えとかどうしていたのかな?急に恥ずかしくなってきたぞ(今更)
 平気で兄と一緒に着替えていたのかな?覚えていない・・・・
 今時の子供事情はどうなんでしょうね??

兄が一人部屋を貰って、実質上私も一人部屋になったのですが、二人で一緒の部屋だったころは、「片づけなさい」と それ程言われた思い出がなくて。
 一人部屋になってから、五月蠅く「片づけなさい」と言われるようになったような・・・・???

 兄と一緒のころは、二人の物があったからでしょうか・・?
 私一人となって、明らかに私が散らかしているのが一目でわかるから、なんでしょうかねえ〜・・・?

 言われてから仕方なく片づけた。
 嫌だな〜面倒だな〜と思いながらやっていたわけだから、片づけや掃除そのものが嫌いになるのも、理解できるなあ。 ←自分。
●中学時代を振り返る●
私が中学になったころ、兄が、ちょっとした病気になり、お払い大好き祖母が祈祷してもらったところ(おお、すげえ〜) 兄のいる部屋が兄にとって方向が悪い、という事を言われたそうです(なんじゃそりゃ。)

それで、『「気」の強い私と兄の部屋を取り替える』という事になりました。

 私としては、だんだん父母の寝室の隣という事に不満を感じるようになっていたので(しかも、戸で仕切られていました!) とても嬉しかったと思います。
 なにしろ、隣に母がいるわけですから。
 五月蠅く片づけろとか言われたり、しょっちゅう見にこられていた訳ですしね。

私は、兄が入っていた部屋ではなく、さらに奥の部屋に行きたいと希望しました。
 理由は、奥の部屋の方が広いからです。

 その奥の部屋は、実質上「物置」になっていたのですが、なんとかなるだろうという安直な考えで、無理矢理そちらに行き ました。
 今から思えば、それが一つの転機だったような・・・・?
●物置部屋での生活(中学〜高校時代)●
その部屋は本当に「物置」でした。
 部屋の真ん中に布団袋に入った客用布団が3,4個あったように思います。
 
 その布団はどのように別の場所に持って行って貰ったかは、覚えてません。
 たぶん隣の兄の元部屋に持っていったのか・・・??
 とりあえず、親達の力で、部屋の畳の上にはモノがない状態にして貰ったんだろうと思います。
 しかしながら、文机や、飾り箪笥などは、異動させる場所もなく。。。

 遠い記憶になっているので、あやふやですが、飾り箪笥や茶箱は、二階の廊下に追いやったと思います。
廊下とは、兄の元部屋と、私の部屋とを区切るための廊下のことですが、そこには大きな掃きだし窓(ベランダに出れる)が あり、人も乗れる場所だったので、そこに追いやりました(未だにそこにはその箪笥と茶箱があります。)

その後、自分の机や様々なモノを運び込んだのですが・・・

 なんと、組み込み箪笥や、押入の中が、先客があり、もう入れるスペースがない!
これらは、どんなに頼んでも、どこかに運び出してくれるということがありませんでした。
なので、自分で追い出さなくてはいけなかったのですが、なにぶんまだ中学生。
 しかも厳しく育てられているので、勝手に異動させることもできず、自分のモノを入れられないという時期が長かったと思い ます!
  結局、組み込み箪笥のなかの、祖父母、父の昔の服や、叔母(祖父母の娘)の服は、どこにも追いやることができず、そこに 入れっぱなしとなり、祖父や父や叔母の服を着てみたりしてました。

 「自分の部屋」を持つようになって判ったことですが、高校になってからというもの、「ゴミ」を捨てても実家のどこかにそれが 舞い戻っていることに気付きました。

 親は漫画を読んだりゲームすることを厳しく反対していたので、そういうのは極力隠れて楽しんでいたのです。
 が、前の部屋(親の隣)の時、漫画を捨てられる事になったのです。
 その時、「これだけは死守したい」という本を学校のカバンに詰めて学校に持っていこうとしたのですが、すぐに見つかり、 没収されました。
 親は私の持ち物をいつもチェックしていて、ゴミも、親が嫌うモノを私が持っていないかチェックするために、開けて見ていた んだと思います。

 そういう理由もあって、あまりゴミを捨てたりできなくなりました。
●短大時代●
 やたらに束縛する両親からとにかく離れたい一心で、どこでもいいから入れる学校に行こう、と受験しまくり、なんとか 引っかかった短期大学(約290qも離れている!)へ。
 そこには寮があって、寮は先輩と後輩が二人で一部屋に入るスタイルでした。

 初めての他人との共同生活。
 「常に外の人に見られる」ので、自分的には見られてもおかしくないよう綺麗にしている”つもり”でした。
 でも、寮の中では一番の散らかっている部屋(部分)だったのではないかと記憶しています。

汚い、散らかっているというのは、だらしないという印象ですよね。
 私は他の人と一緒の部屋ですし、鍵なんてなかったから、誰でも入ろうと思えば入れたし、掃除整理は本当に”頑張って” いたんですよ。
 なのに、雑然とした印象でした。

 この短大時代に、「自分は元々センスが悪いんじゃないか、あまり掃除片づけが得意でないんじゃないか」とつくづく自覚させ られたものです。
●社会人独身時代●
バブルも崩壊し、就職先もあまりなく、一人暮らしする自信もなかったので、あれだけ出たがっていた実家に戻りました。
 単なる甘ちゃんだったんですね。
なにしろ、子を抑制し、管理し、束縛する親でしたから、確かに離れたかったのですが、同時に自立できない子供になって いたという事には、かなり大人になってから自覚したのです・・・
 
このころから、「自分のゴミは自分でゴミステーションに持っていく」ようになりました。
 なぜなら、「ゴミのチェック」のためではなく、「勿体ないから、使えるモノがまだないか」という基準で、父親がゴミを開ける ようになっているという事に気が付いたのです。
だけど、仕事もしていたので、朝にステーションにゴミ出しは必ずできるわけでもありません。
 ので、実家のゴミ一時置き場に置かざるを得ない時も・・・

 捨てたと思っていたものが、茶の間や台所にある、という事実・・・。
 捨てたいのに捨てられないというのはかなりの苦痛でした。
●考察●
こうやって青春時代(?)をふり帰ってみると、片づけが苦手になるイベントが結構ちらりほらりあったんですね〜・・・。
 
もともと、とても「勿体ない」という性格だった、捨てられないというのに加え、センスもないのでいいところなしになって しまっていました。

 このループから抜け出すのには、かなりの努力と年月が必要で、いまだにまだ引きずっています・・・・

センスがないのは努力だけではどうしようもない部分があるので、せめて「捨てる」と「整理整頓」が出来るようになりたいと 思います。
初版2004/08

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